内因性とは、外因性でもなく心因性でもない先天的な遺伝要因や体質により発病するものだという考え方ですが、統合失調症の原因は先天的な要因だけで説明できるものでもなく、生育環境、対人関係、生活環境等による心理的ストレスなどの後天的な要因も複雑に絡み合っていると考えられています。つまり、統合失調症の発病原因を特定することは可能ではなく、内因性という言葉には原因不明性という意味も含まれているのです。
よく、育て方や接し方が間違っていたために病気にさせてしまったと思い悩むケースを耳にします。けれど、何が原因で……誰のせいで……と思い悩んだところで病気は良くならないどころか、本来は患者の支援に協力関係を築くべき人々が、自責的、他責的な感情が行き交う関係性によって、互いに傷つき傷つけあうだけの話なのです。
家族が統合失調症を発症。とその時――、治療者や病院との信頼関係が築かれると同時に患者を支える親族間での協力体制が整うことが良い例だとすれば、主治医との信頼関係や親族間の協力関係が破綻してしまった私たちの体験は、悪い事例とも言えるでしょう。
私たちの場合「どうしてこんなことになってしまったんだ?」とする負の感情によって、すべてを見誤ってしまったのです。
ところで、統合失調症患者を支える家族の苦悩は計り知れないものです。特に、発病直後の急性症状を目の当たりにすると、強い不安に支配されてうろたえてしまうケースが多いのではないでしょうか? 愛する家族が、激しい症状により豹変した姿を目の当たりにして、今ここにない未来を信じられる人は、そう多くはいないはずです。また、病気への一般的印象によって孤立しがちな家族の苦悩。
医療や家族によって支えられる患者と違い、これといった支えを持たない家族の心は、いったい何によって支えられ、どのような力によって困難を超えていこうとするのでしょうか?
たとえば、同じような境遇で現実と向き合う人々の体験を知るということ。体験は、感情や考え方をストレートに伝え、問題を背負っているのは自分一人ではないことを教えてくれます。もちろん、統合失調症患者の家族の対応について述べられた、教科書的なアドバイスも確かに参考にはなるはずですし、直接関係している医療機関や主治医からのアドバイスを軸としなければならないことは言うまでもありません。けれども、具体的で的確な情報や助言を受け入れる余力すらなくなってしまった時……患者家族の心に寄り添えるものは、一般論以上に、同じ体験でつながる疲れ果てた心かもしれません。
親子、夫婦、兄弟、恋人。患者との関係性は様々ですし、統合失調症患者を支える人々には、世代間による価値観や考え方の違いも有ります。つまり、体験とは患者家族の数だけ存在するものです。大事なことは、様々な属性と多様な条件から成る他者の体験から、自分用の知恵を身につけ、強い不安をこれからの勇気へと変えることです。答えとは与えられるものである以上に、苦悩を伴った体験を個別に造り上げていくものとも言えます。
行き場のない怒りや、突き上げる悲しみ。そして、とてつもない疲労感。
「今」と「自分」が消えてしまえば随分と楽だろうな……この私も、「あの頃」は自分の存在すら重荷に感じた瞬間がありました。
面会を終えて閉鎖病棟を後にした時、空を見上げれば希望よ高く舞い上がれと願うばかりなのに、病棟を振り返れば絶望感に打ちひしがれる自分。
明けない夜はない?
それは、夜が明けた者だけのセリフだろう? そんな、卑屈とも言える感情に包まれながら、明日さえ信じ抜くことができずに過ごした日々。
――統合失調症を発症した妻と、夫である私。
医療保護入院となった妻の入院中は、家族としての明けぬ夜、止まぬ雨に苛まれると共に、誰よりも苦しいのは妻であると理解していても、家族は時に患者以上の苦しみを背負うことを知りました。
入院先の主治医からは、重篤で予後不良と見立てられた妻ですが、転院を機に見違えるほどの回復を遂げた今、私は健やかな妻の笑顔を見守る毎日です。
そして、百人百様の患者家族の心の持ちようについて、私達の体験が小さなヒントとなり知恵となり、そして未来への勇気へとつながることを願い、私の感情の記録と体験は、一冊の本となりました。
統合失調症 愛と憎しみの向こう側 岩崎春人著
幻聴、幻視、空笑、興奮……統合失調症の症状が一気に現れ始めてからの一年間。
「統合失調症 愛と憎しみの向こう側」は、医療保護入院となった妻を案じる私の感情や実体験をストレートに書き下ろした本です。
岩崎春人
働き盛りの夫に専業主婦、そして二人の子供達。
どこにでもあるような平凡な家庭には統合失調症という名の精神病が存在した。
著者である夫は、医療保護入院となった妻を案じながらも、親族からの激しい憎しみを浴びる。
発病の原因は何か? こんな病気にさせたのは誰なんだ?
その一方で、回復の兆しの見えない妻の状態と、全てを託すしかない主治医への不信感は、憎しみと失意に板挟みになった夫を絶望の淵へと追い込んだ。
本書は、統合失調症患者に寄り添う家族の立場で描かれた、愛と憎しみが生み出す感情の記録である。
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