統合失調症の症状への対応、抗精神病薬の副作用、精神科医との信頼関係、患者との関係性……。患者を支える家族の悩みは深く長期間に及びます。このブログは、妻の医療保護入院による夫の感情体験を書籍化後、支える家族にとっての精神疾患について、感じること考えることをテーマに更新しています。
著書 統合失調症 愛と憎しみの向こう側
患者家族の感情的混乱について書き下ろした本です(パソコン、スマートフォンなどで読むことのできる電子書籍)ブログ〝知情意〟は、この本に描いた体験を土台に更新されています
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精神科医療の隠語 | Sのプシコの人生 

隠語とは、言葉を変形させたり語呂合わせによって特定の集団の中だけで通じる言葉。
集団を職場とすれば、専門用語のような公的さもなく、業界用語のように一般的な流通性も少ない隠語は、ある意味で独特のステータスすら感じる言葉かもしれない。
それは、社会的に地位の高い業界であるほど一人前に隠語を用いることで一般人への優越感を得ることに象徴される。また、隠語をスラスラと用いて会話することが自らが属する業界への帰属意識が高まる場合だってあるだろう。

さて、患者家族などの一般人と常に接触しつつも、一般人が一定以上に足を踏み入れることのない医療業界。そして、さらに閉鎖的イメージの強い精神科医療という〝ギョーカイ〟にも隠語は存在するようだ。
では、精神科医療の世界に隠語が存在することは悪いことなのか? それは、ただただ悪いことだと主張するようなものでもない。
もとより、なにをもって隠語と定義するかの概念はあいまいなところがあるので、医療業務上で隠語を使用する必要性は皆無ではないからだ。
たとえば、崇高で非一般的な世界でありながら一般の患者家族と接触が連続する医療現場で直訳された言葉だけが飛び交えば、理解の困難や家族感情への配慮など、種々の問題が生じる可能性もある。だから、それらの問題を回避する理由で隠語が存在する意義もあるだろう。

「統合失調症であることを気にされているようですからここにはSとだけ書いておきましょう」
これは、妻の医療保護入院の際に、同意者である僕に対して医師が述べた言葉である。
Sとは、統合失調症を意味する隠語。統合失調症は英語でschizophreniaドイツ語でschizophrenieと表記されるが、その頭文字を用いた隠語である。
入院判定に対して、肩をふるわせてしゃくり上げる僕に向けられた精神科医療の隠語。
九年間欠かさずに飲み続けてきた抗精神病薬、未来に向かって歩いてきた先が華々しい陽性症状の出現であり医療保護入院という結果であったことに対してあふれ出た僕の涙は、医師には統合失調症への偏見による強い落胆であると映ったのだろう。Sという隠語を患者家族に用いた医師と僕の心は、たしかに乖離していた。

精神科医療の隠語は他にもある。
プシコとはpsychologyの略で精神病のことを指し、プシ子さんと言い回して精神疾患患者そのものを指す場合もある。それを少し軽い感じにしたものとしてmentalから由来するメンタ。精神科医療に限らないがドイツ語で死亡を意味するsterbenから由来する〝ステる〟とは患者が死亡することを指している。
こうしてみると隠語というよりも略語ではないかと思わなくもないが、そもそも、言い回しを変えて暗号化すること自体が隠語である。

ふと思うことがある。
もし……〝ずっと入院していたSのプシ子がとうとうステッた〟なんて会話を、患者家族が耳にしてしまった場合のことである。たとえ隠語の意味を全く知らない者が聞いたとしても、語感からして心地悪さを強く感じることだろう。そう、隠語とは表面的な意味を隠しつつ、内面的な意図はしっかりと伝えるものだから。
――精神科病院で過ごし、死亡退院する患者数は毎年2万人を超え、自殺者総数に迫る勢いである。
その数値に、転科や転院後に死に至る数がカウントされていないことを加味すれば統計値はさらに上がるだろう。

上のグラフは各年の6月度に死亡退院した単月の患者数を表している。(平成23年6月付で死亡によって退院した患者は1882人)〝精神保健福祉資料630データより〟
その内492人の患者が入院後3ヶ月未満で死亡に至る。


医療従事者にも人生があるようにSのプシ子にも人生はある。
5年、10年、20年……。精神疾患患者が、長い長い年月を病院で生きてきた時間の重みについて、僕のような分際で論じる資格は無いが、死を手続きすることに隠語を流用する軽薄さを批判することぐらいはできる。
見せかけだけの医療従事者の心痛な面持ちの裏側に、エスだのプシ子だのステるだの……とさげすむ胸中を、残された家族が感じ取る痛みについて一度でも深く考えてみる必要があるはずだ。
そして、医療の研究と発展に多大な功績を残した人物の死を悼む一方で、プシ子の死をステッたと陰で語ることに、人の尊厳を照らしてみる必要がある。

無論、精神科医療全体を見渡せば、精神疾患患者の存在と死を隠語ひとつで軽んじる従事者はごく少数であるだろう。だからと言って〝森の中の枯れ腐った木〟を放置していれば、森のステータスは次第に落ちぶれていくはずだ。



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