母親の疾患名〝統合失調症〟を子供たちにどう伝えるか?
経過の長いこの疾患。どれくらいの年齢になれば? どのタイミングで? どんな説明で? と思案することはしばしばあった。
だが、子供たちへのカミングアウトは、やろうとして言葉を使うものではなく、問題に対峙する大人の行動を見続けてきた子供たちにとって、すでに済まされているものではないだろうか。
子供は親の言うことなんて興味はないものだ。
たとえば、格好つけた説教なんて数日もすれば雨上がりの水たまりのようにすぐに流れ消える。
その一方で、子供は親のすることをじっと見ているものだ。
年齢ごとのいくつかのエピソードに対して親がとった行動。それは、ありのままに子供心に記憶される。それに対して、子供が何をどう感じ取りどう解釈するのかを、親が操作することはできないし、家族に起こった重大な問題を親が希望するように解釈させようとすることは、あまりにも愚かしい。
そのエピソードが統合失調症の症状による家庭の混乱であった場合――。
精神疾患の親を持つ子供は、いつの頃からか〝自分の母はどこかおかしい〟と感じながら、かつ、〝なぜおかしいのか〟を口にすることがNGだと無意識に学び、その成長段階に応じた感情と思考で深い疑問と強い憤りに包まれて育つのだろうと思う。
それでいて、疑問と憤りを子供らしく爆発させるようなこともしないのは〝うちの子供〟だけだろうか……?
家族には、各家庭の考え方があるだろう。だから、いつどのように疾患名を口にするのかという答えはないと思うが、僕らの場合はちょうど娘が中学生になった頃、統合失調症という疾患名を言葉として告げた。
もっとも、厳密にはそれまでのいかなる時も統合失調症という言葉をかたくなに口にしなかった、というわけでもない。
無造作に置いてある本や、病院関係の書類には統合失調症という単語はいくらでも書いてあるし、家族の会話にもさりげなく登場する言葉でもある。
それどころか、症状のせいでつじつまの合わないことばかりの日常には疾患名を考え当てる情報はいくらでもあったはずだ。
だから、得体の知れない混乱と〝精神……〟というキーワードがちらつきながら過ごす家庭に育ちながら、娘はいくつかの答えを用意していたに違いない。
そのせいか「で、ママの病名ってなに?」と問う娘に対して、統合失調症だと答えるとすぐ〝やっぱり――〟とつぶやいた彼女からは、短い人生の中で色濃く映し出されてきた母親の症状に対する疑問と憤りを一瞬のうちに解決したかのような、そんな印象を受けた。
妻の状態と、それに対峙する僕の行動。そして、混乱の中で僕が子供たちにとった行動。それらをじっと見据えてきたであろう娘は、自らが見て感じ考えることに僕のしたことをすりあわせながら、彼女の年代に応じた解釈をすでに済ましていたのだろう。
すなわち、カミングアウトとは子供の側ではすでに済まされたものであり、あとは父から聞かされる疾患名を入力するだけだったとなる。
だとしても、この先に言葉を用いてカミングアウトする機会は訪れるかもしれない。
それは娘に結婚話が持ち上がった時だろう。遺伝という視点で統合失調症を考えた場合、発症しやすい素質をうやむやにすることはどうなのか? ということについて親として考えないわけがないのだ。もし、普通なら発症していたであろう人物が素質的なリスクを認識することによって夫婦生活に予防的工夫をこらし、発症しないまま人生をおくることができるなら開示する意義は大いにある。その反面、知ってしまうことによって婚約が破談になるような事態になるのなら……。
そんなことを考え始めると、正直、結論に至らないのが今のところの心境だ。
さて、やがて大人になる子供たち。精神医療を取り巻く環境の変化と合わさりながら僕の行動を評価する機会もあるだろう。
たとえば、閉鎖病棟の鉄扉の向こうに消えていった母の後ろ姿を〝見せた〟僕の行動。「ママは閉じ込められているよう……」とつぶやいた少女の横顔は未だ僕の心に残っている。せめて今、会わせておいてやらなければと思わなかったわけでもない……。けれども、それ以上に我が子の感受性に応じた行動とは、事実を言葉でフタをするのではなくすべてを見せることだと信じた。
その考えかたの是非を論じるのは子供たちではあるが、精神疾患の醜さと悲しみ、愛の強さと優しさについて考えてみる機会にもなればと思っている。
統合失調症の症状への対応、抗精神病薬の副作用、精神科医との信頼関係、患者との関係性……。患者を支える家族の悩みは深く長期間に及びます。このブログは、妻の医療保護入院による夫の感情体験を書籍化後、支える家族にとっての精神疾患について、感じること考えることをテーマに更新しています。
著書 統合失調症 愛と憎しみの向こう側
患者家族の感情的混乱について書き下ろした本です(パソコン、スマートフォンなどで読むことのできる電子書籍)ブログ〝知情意〟は、この本に描いた体験を土台に更新されています
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