統合失調症の症状への対応、抗精神病薬の副作用、精神科医との信頼関係、患者との関係性……。患者を支える家族の悩みは深く長期間に及びます。このブログは、妻の医療保護入院による夫の感情体験を書籍化後、支える家族にとっての精神疾患について、感じること考えることをテーマに更新しています。
著書 統合失調症 愛と憎しみの向こう側
患者家族の感情的混乱について書き下ろした本です(パソコン、スマートフォンなどで読むことのできる電子書籍)ブログ〝知情意〟は、この本に描いた体験を土台に更新されています
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統合失調症の親と暮らす子供が人生をあきらめないために

統合失調症の親と暮らす子供にとって、親の病像はどのように映るのか?

意欲の減退は、子供には怠けていると目に映る。
思考の混乱と集中力の低下は、子供には奇々怪々(ききかいかい)で解せない親の姿だろう。
外に出れば誰かから悪口を言われるとする妄想によって外部との交流を断ってしまえば、友だちに親のことを訊ねられるたびに子供は嫌気が差し、なんでも話す子供らしさが消えていくかもしれない。
やがて、日常生活とコミュニケーションの能力低下が継続したままなら、子供は親の存在を知られないことが自らの利益となると……無意識に考えるかもしれない。

だが、これらの表現を逆に読むと以下のようにもなる。
子供が怠けていると思ったのは、統合失調症の陰性症状だった。
なんでそんなことを言うのか? わけがわからないし、なにをやっても短時間で終わってしまうのも統合失調症の症状だった。
そして他の親たちのように大人らしく振る舞えないのも、じつは統合失調症の症状。

逆向きに読み解くことで何が言いたいのかというと、つまり、逆向きの情報が子供たちに供給されていないということ。
意外にも……奇々怪々で怠けていると目に映る〝理由〟について、子供たちは知らない。いや、知らされていない。
でも、大人は知っている。どうして、他の親と違うのかを……。
「それは病気だから……」と知っているのは大人だけなのだ。

大人たちは、意図的でなくとも「それは病気だから……」に目をそらしフタをし、触れてはいけない、触れられてはならない家の中だけの問題、あるいは大人だけの問題だと考え違いをしてはいないか?
本当は、大人がフタをしたものを子供に開けられたくはないだけではないか?

統合失調症ではなく精神分裂病としか認知しない古い世代の人ならこう言うかもしれない。
「精神分裂病?
それは人格が崩壊する病気だ。そんなもの、子供に言うもんじゃない、子供の気持ちになってみろ? 知らないでいることが子供のためだ」――と。
けれども、子供の気持ちになってみろ? という言葉の裏には、とにかく事実を最小範囲に封じることで外部に知られずにおこうとする大人のメンツが隠れている可能性も……なくはない。

情報が供給されないまま統合失調症の親と過ごす子供。
小学生ぐらいであれば〝違和感〟として受容したものが、中学~高校と年齢を重ねるにつれ、不安、嫌悪、利害、という根が深くこじれた感情に発達するのなら、もはやそれは訂正の効かない感情ベースの思慮として、子供の人生には情報以上の価値を持つだろう。
つまり、トラウマ化した後から理由を知ったところでもう遅い。

親の精神疾患について、疑問と不安の日々に明け暮れ、やがて、遠慮ばかり、人の顔色ばかりうかがうような子供になってしまうことを防止するには何が大切なのか?
僕は〝ひとつ屋根の下のカミングアウトをおろそかにしない〟ことを挙げたい。

子供の年齢にもよりけりだが「そんな親である理由が病気だから」について、かしこまった勉強をすることではなく、例えば晩ご飯を囲みながら、今日に起こった出来事に混ざり込んで聞こえてくる親の事情が子供の耳に入ればそれで十分だと思うのだ。
それが〝ひとつ屋根の下のカミングアウトをおろそかにしない〟ことだ。
「調子どう? そう、良かったじゃない――あっ、そうそう来週は病院だったね」
子供は目でテレビを見ながら、口でご飯をほおばりながら、けれど、しっかりとその耳で親の病気について知ることになる。
もちろん不安であることは事実だろう。だからこそ子供は大人にアンテナを張っているのだ。そのアンテナから子供心に大人事情が入力されなければ、不安なんて消えやしない……。
何も知らなくていい……これほど子供心を切り捨てた行為は、ないのかもしれない。
ただし、知ることと知ってしまうことの区別はとてもとても難しい問題であることも忘れてはならないが……。

自分の家が普通でない理由を知る暮らしは、子供に安心という最大のお守りを与えてくれるはずだ。
また、ときおり姿を見せる訪問看護師の明るい表情によって子供心には〝なんでもないことなんだ〟と風が吹き通るような開放感を得るだろう。
そして思うだろう。奇々怪々なのではない、病気なのだと。
さらに知るだろう。病気なのだから困ったことがあれば相談に乗ってくれる人がいることを。
知ることの安心、支えられる優しさ、隠さないことの自信。
これらの三つが与えられてこそ、子供は親が統合失調症でも人生をあきらめないで良いことを知る。

〝親は病気だから治療を受けている〟
よくよく考えてみれば、親がなにかの病気であればどんな子供でも不安で心配に違いない。だが、有事のSOS発信をためらうような精神疾患特有の〝陰〟はないだろう。なぜなら、病気であることを口外することがタブーだと、言葉を介さずに教えられたりしないからだ。
また親が病気であっても、子供なりに「親は病気だから自分たちはどうだ」と、子供の年齢相応の理解が段階的に進みながら成長する。
人は、目の前の事実をつかめないこと=何が起こっているのかわからないことに対して強く大きな不安に包まれるものだ。

親が精神疾患だから……ではなく、親は病気だけど――と考えられる子供であってほしい。



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18 件のコメント:

  1. こんにちは。
    私の父親は約10年以上統合失調症です。
    私は現在20代学生ですが、物心ついた頃、小学生の頃から父親の変な言動・行動に悩まされ苦しんできました。
    それは今も尚、続いています。
    昔よりかは落ち着きましたけど。

    成人した今、
    私は精神病の父親の娘で良かった。
    とは全く思いません。
    むしろ呆れたというよりかは、私の楽しかったはずの人生を奪った醜い、そして怠け者 と言えばいいでしょうか。
    幻覚や幻想などの症状のせいで働いていなかったり、おかしなことをしたりするのも分かっています。

    ただ、この人に苦しめられた期間が長すぎて、その苦しめられた期間がよりによって成長期だったため、今もとても苦しいです。

    殴られたり首を絞められたこともあります。

    こんなこと異常と思われても構いません。ただ私は父親として認めない。受け入れることができない。
    だから、私が結婚しても紹介などしません。私は私の道を行く、そう思って進むことが私が幸せになる方法だと思いました。

    長々と書いてしまいましたが、
    私だけではないんだと少しですが安心しました。

    親と子の関係があったにせよ、

    自分自身は、
    自分ひとりの人生ですからね。

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    1. 「父親のせいで子供の人生が・・・」と受け止めることもひとつの答えだと思います。統合失調症の症状による逸脱、解体した言動によって、精神的に窮地に立たされる家族の〝苦しみは〟当事者の苦しみと同列で考えるべき問題だと思うからです。

      私が妻を守れたのも、愛情とか執念とか、そういう綺麗事よりもむしろ「運」が味方したと考えることもできるでしょう。

      親子とか夫婦とか最愛の・・・とか、それらが源となるエネルギーはとてつもなく強い。けれど、統合失調症が愛や人生を破壊してしまうエネルギーも、悲しいかな・・・とてつもなく強いのです。


      父親として認めないお気持ちは、きっと御自身の人生を意味づけるための必要条件であろうと察します。それで良いと思います。

      人は生きることに答えを求める生き物です。そのためにも自分が幸せになる権利を捨ててまで精神疾患と関わり続ける意味も必要もなく・・・ただ、人生の大半を統合失調症という精神疾患に苦しみながら生きる当事者も生きることに答えを求めると思います。

      これからの人生が幸せでありますように心からお祈り申し上げます。そして、いずれ御自身が親となり時が流れたとき、それぞれの人生の意味と答えを考える機会に巡り会うことができたならと思います。

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  2. 私も親が統合失調症です。
    とても気持ちがわかります。

    自分の道を進む事が幸せにつながると気付いたんですね。
    親は親。自分は自分の人生を歩いていくのだと私も思います。

    お互い頑張りましょう!

    返信削除
  3. 私も家族が統合失調症です。小学生低学年からずっと関わっています。本当に、時間の無駄としかいいようがないです。人生の重大な過程で常に、足を引っ張られました。そこに、家族だからとか、そんな考えは無用です。
    自分の人生を大切にすることです。
    私も縁を切ることにしました。これ以上、振り回されて不幸になるのはこりごりです。

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    返信
    1. 3月24日の匿名です。幼い時から介護のようになり、大変でしたね。
      私は赤ちゃんの時から母親の統合失調症と関わり、19歳で家から逃げ出しました。20年経ち、今は同居はしていませんが、関係は良好です。
      振り回されて不幸になるのかどうかはわかりませんが、距離を置き、自分の人生を歩く方がいいと思います。
      そうする事で何かに気づく事ができると思います。
      私は最近、考え方が変わりました。
      親が尊敬できず、思い出したくない存在でした。今は尊敬し、誰よりも愛しています。

      まずは第一歩を進んでください!

      削除
  4. 母は私が20歳になった頃から精神科に通い、ずっとうつ病だと思っていたのですが最近幻覚幻聴がひどくなり精神科の先生に統合失調症ですよね?と聞いたらそうだと言われました。
    先生は病名の事をずっと教えてくれなかったし分からなかったかもしれませんが10年近く私は悩まされました。
    ずっと一緒に暮らしていましたが、母は私が自分の思い通りにならないとすごく攻撃的になり罵倒され続け1年前に家を出て暮らしています。
    統合失調症の親をもつ皆さんの気持ちは良く分かります。
    私はバツイチで1人子供がいて4年付き合っている彼氏もいて、再婚したいですが親の事がありなかなか踏み切れません。自分の人生の幸せをと思いますが、なかなか難しいですね。

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    返信
    1. 統合失調症は症候群ですから抑鬱も症状として含まれると考えるならば、10年という長い歳月の中で、統合失調症という診断名が固定され続けるわけでもないことは「ある話」かもしれません。いずれにしても診断名に対してではなく症状に対して治療を継続するのが一般的で、私たちの場合もそうでした。

      そのことよりも、親子の場合、子ども=コメント投稿者様がご自身の人生を第一に考えることは正論であり、むしろ必要論に他なりません。
      仮にこれが、夫婦の場合は、犠牲的な感情が生じる場合もあるのですが……

      その根拠は、そもそも親子とは別々の人生を歩む者たちを指すからです。
      一方、夫婦とは同じ人生を歩む者たちを指します。

      もちろんこれは私の持論ですから、正論とは言えないでしょう。ひとつの思考に過ぎません。
      だとしても、子どもの人生は親の所有物ではありません。
      ひとつ、言えることは、
      介護や再婚など、大きなライフイベントがあったとして、必ずどちらかに優先順位をつけなければ結論が出ないとしたとき、自分の人生を優先させるということ。それが答えなのだと思います。

      削除
  5. 僕はいま中学三年で父親が統合失調症です
    母親は専業主婦で父親は働こうとしません。
    母親は働く気はないですがいつも気を使ってくれて優しいです
    それに対し父親は朝からうるさく変な言動しかせずもういやです
    収入は児童手当と生活保護ですが、それでずっと食っていけるはずもなく一ヶ月に一、二週間くらい朝ごはんもなく昼食はなんとか母親が作ってくれたおにぎり晩ご飯はごはんの炒め物などできついです。服ももうずっと買ってもらってません。それに学校から帰ると父親がまた暴言を吐いているしただただきつい
    今まで俺より辛い人たちがいる、我慢だ と流してきましたがもう耐えられません
    他の友達の楽しそうな家族達を見ると泣きたくなり羨ましいなと思います
    自立するまであと5年ちょいあるので頑張ろうと思います
    死にたいと思った事は何度もあります
    ですが死ぬと父親の統合失調症に負けたようでいやです
    病気になんか負けたくない
    八年前くらいの笑顔優しい父親にまた会いたいです
    長文すみません
    これから自分なりに無理しないように頑張っていきます

    返信削除
  6. 父親が統合失調症で両親どちらとも働いていません
    母親は専業主婦でいつも気を使ってくれてとても優しいです
    でも働く気はないようで母親は足腰がもう弱ってるので仕方ないと思います
    それに対し父親は朝からうるさく変な言動暴言しか吐かずとてもうるさくイライラします
    そして収入は障害年金と生活保護だけです
    もちろんそれで一ヶ月も食っていけるはずもなく一、二週間 朝ごはんはなく昼食は母親がなんとか作ってくれたおにぎり晩ご飯はご飯の炒め物などです
    それとずっと服も買ってもらっていません
    友達には親が統合失調症の事を知らせてないので
    「お前服買わないの?いつも同じだよね」など言われ辛いです
    友達の楽しそうな家族を見ると泣きたくなり、また昔のような楽しい生活を過ごしたいなと思うばかりです
    でも「自分より辛い人たちがいる、我慢だ」 と流してきましたがもう耐えれません
    死にたいと思った事は何度もありますが、死ぬと病気に負けたようでいやです
    病気に負けたくない
    また八年前のような父の優しい笑顔をみたいです
    あと自立するまで5年ちょい…きついですが自分なりに無理せず頑張ろうと思います
    も もう嫌だ

    返信削除
    返信
    1. 「あなたは、あなたの人生を生きてください」
      これが声を大にして伝えたいことです。

      たしかにご両親は夫婦ですから、同じ人生を生きるしかないのかもしれません。
      けれど、あなたにはあなたの人生を生きる権利があり、むしろそれは、あなたの生きる意味ではないでしょうか?

      あなたの生きる意味は「あなた」のためにあるのです。
      そして、あなたが年齢を重ねて大切な人と愛し合う時に、誰かのために生きることを考えればいいのです。

      私はそう思います。

      今、死にたいほど疲れ切っているあなたなんだろうと感じました。でも、もう一度言わせてください。
      あなたは、あなたのために生きてください。そこまで悩むことができる人間は、それだけ強い人間なのです。大丈夫です!

      ここにいくらでもグチを吐いてくれてもかまいません。
      応援しています。
      がんばれ!

      削除
  7. 初めまして。

    私も母親が統合失調症です。
    私は39歳になりました。
    私の結婚後すぐ、母親が陽性症状を発症し、新居に来て大変なことになりました。
    母親は私の学生時代に父親と離婚して、家を出ていますから、母一人子一人でやってきた訳ではありません。
    それなのに、あの日を境に私が面倒を見る羽目になってしまいました。
    …私自身の子供も母のことを考えたら、踏み切れませんでした。
    毎日、母親のために時間もお金も使って、苦しいです。
    私は去年、初期でしたが、がんが見つかりました。
    その前年前々年と、母親のために年間150万ほどを工面していたので、体も心も辛かったのだと思います。

    母が死ぬか、私が死ぬか、どちらが死ぬまで終わらない。
    私は毎日死にたいと思っていますが、人様に迷惑をかける訳にもいかず、死ねずにいます。
    初期のがんではなく、末期だったら、どれだけ良かったでしょう。

    自分の人生を生きろ、と言われても、がんじがらめで動けない。
    そういう人間は、どうしたらよいのでしょうか。

    母親は今年63になります。
    父親と母親が出会わず、子供さえ作らないでいてくれたら、こんな思いをすることは無かったのに…。
    生まれてきたくなんてなかった、その思いが自分の子供を産めなかった理由だとも思います。

    何かアドバイスいただければ、大変ありがたいです。
    よろしくお願いいたします。

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    1. 自分の人生を生きろと言われたって……介護や問題を抱えた日常と向き合っていれば、物理的に〝自分の人生迂を生きられない〟状況に陥ることはあり得ると思います。
      それを〝がんじがらめ〟と表すなら、まさにピッタリの表現でしょうね。

      けれど、生きて欲しいと思います。あなたがです……。

      僕の例外ではなく、人の感情を持った一個の人間ですから、病勢がマックスの状態である妻から、ののしられ、暴れられ、それでも妻のことを守らなければならない義務を正義に置き換えて、日常生活を続けていた頃は、死んでしまえば全てがリセットされ…どれほどどんなに楽になるだろうか?
      そんな気持ちに、まくしたてられていたことは事実です。ちょうどその時、死んでしまえば生まれ変わって、今とは真逆の精神の健康な女性と出会い、幸せな結婚生活を送れるはずだ。なんて……本気で妄想していました。

      けれど、今、こうしてちゃんと生きています!
      僕は、死ぬことで薄暗い事実と対峙する選択はしませんでした。
      生きることで、その事実と向き合う自分を支えたように思います。

      さあ…生きることを選んだ自分だからこそ、来世は…精神疾患とは無縁の人生を歩めるはずだ! なんて自負しています。

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  8. 私も母が統合失調症です。発症して約15年。振り返れば「なんで私だけこんなつらい思いをしなければならないの」と何度も思いました。母がいなければもっと自由な生き方ができる、振り回されなくて済むと思ってしまいます。こんな考えはよくないと思っていてもどうしても考えてしまうのが人間なんだなと思いながら受け止めています。統合失調症の家族の方は、文字や言葉以上に心に傷や辛さを患っています。
     最近よく考えることがあり、私は2人姉妹の長女なのですが、妹は家を出て一人暮らしをし、父は病気の母に関わろうせず、母方の両親は亡くなり、、。と考えるだけでこれから先、介護は自分ひとりでやっていかねばならないんだろうなと思っています。私の人生に光なんて見えるのかなと思うこともしばしば。本当は私も自由な暮らしをしたいけれど、してしまったら母を見れる人がいなくなると考えてしまい、、何にもできません。どうしたらいいですか。

    何かアドバイスや他に言い考え方などありましたら教えてください。

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    1. お気持ち察します。
      統合失調症の患者さえいなければ、家族はもっと違った人生を歩めているはずなのに……
      統合失調症の患者家族として、誰もが一度は考えることではないでしょうか?
      僕は、そう考えることをタブーだとは思いませんし、妻と結婚さえしていなかったら、僕の人生は違っていたはずで……いまごろ健康で明るい家庭を築いていたに違いない……と、何度考えたでしょうか。

      さて、お母様の今後の介護を考えるにあたり、親族の協力体制が整わないのであれば貴女への負担は増すばかりですよね。

      具体的には施設入所がもっとも解決的な話となるのでしょう。
      ただし、お母様の状態や地域の施設の受け入れ体制もあることでしょう。ならば役所の相談員であったり精神保健福祉センターで相談することによって、何が不足してどんな支援を受けられるのか?という具体的な解決策について話が進むかと思います。

      加えて、その場合に忘れてはならないことは、お母様の意思を尊重することが大事だということです。
      お母様の意思が尊重されて、なおかつ、貴女の生活の幸福度も維持されることは難しいように思えますが、当事者の努力と福祉の力がうまくかみ合えば、事態は少しでも良い方向へと動き始めるものです。

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  9.  ブログと皆様のコメントを読ませていただきました。私は20代の学生ですが私の母も、私が幼いころからうつ病と、癲癇を患ってきました。なぜ自分だけがこのような境遇に置かれるのか葛藤する日々もありました。母のことがとても好きだったこともその葛藤に拍車をかけたと思っています。今でも、完全に納得しているわけではありませんがそれなりに折り合いをつけて理解するようにはしています。コメント欄からも同じような境遇、さらに大変な環境に置かれている方が、いらっしゃることを再認識しました。
     受験をはじめとした人生の節目において、そのことが影響することも度々ありました。いつかこの経験が人生において意味のある日が来てほしいと願いつつ、何らかの形で発病されている本人、家族への手助けができればいいと思っています。

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    1. それなりに折り合いをつけるまでには、激しい葛藤や憤りにうなされる日々だったと思います。

      だからこそ、何らかの形で、同様の他者へご自身の体験を換言されようと思ったのでしょう。
      僕と同じですね。

      個々の小さな体験は、今、苦しんでいる他者への大きな力だと思います。その志に純に敬意を表したいです。

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  10. はじめまして、コメント失礼いたします。
    わたしの母親は重度の統合失調症です、治療や投薬など経験がありません、病院につれていくにも包丁を振り回し、死人が出そうで中々実行できません。
    そのせいか妄想、暴言などもう取り返しのつかないレベルになってしまっています。
    わたし(成人済みの娘です)が物心つく頃には既に今の状態でした。
    幼少期~今にいたるまで、ずっと容姿、性格、父親のことなど全てに暴言を吐かれ、私自身、自信もなくなり、体調も崩し、家にいて、父親の収入で一家生計をたて、毎日生きることが精一杯になってしまっています。
    自立をしたいのですが、近所に悪さをする人間がいると言われ、学校にろくに行かせてもらえませんでした、中卒です。
    学歴もなく体力もなく持病の発作もあり、我ながら致命的な環境にいると思います。
    このような状況、状態でわたしに出来ることはあるでしょうか?
    母親が少しでも落ち着くような対処はありますでしょうか?
    統合失調症は遺伝もあると聞き、わたしもいつか母親のようになってしまうのではないかと不安で、交際や結婚なども現実的に考えることが出来ません…
    大変重い内容、乱文ですみませんがアドバイスなどいただけましたら幸いです。




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    1. できることはひとつだと思います。
      次回、包丁を振り回されたときに通報し、措置入院させることです。

      あるいは、現段階でお母様の病状が落ち着いていらっしゃるのなら、お住まいの地域の精神保健福祉センターを訪ねて、洗いざらい、今の状況を開示してください。

      なにひとつ包み隠さずに、全ての状況をSOSとして伝えてください。そのSOSに対してなんの具体的対応もしない行政などあり得ない話です。

      ひとつ、強くアドバイスすることは、躊躇してはいけないということです。自傷や他害に情は無用です。毅然とした態度で挑むことが必要なのです。

      そして、私もいつか母親のようになってしまうと書かれていますね……大丈夫です。
      そんな心配しなくて良いので、あなたはあなたらしく堂々と生きてほしいのです。そして愛する人と出会い、愛されてください。

      今日これまでに、誰よりも辛い思いをしてきたあなたの人生を、さらに闇に包み込んでしまうほど…あなたの未来は捨てたものではありません。あなたは幸せになれます、大丈夫です。


      だからもう、危険を感じたときは警察と福祉にSOSを発信してください。その判断は揺るぎない愛情であり正義なのです。今、他者の力が必要です。
      もしも…あなたの気持ちのどこかに無意識に、お母様を裏切る罪悪感があるとしたなら、その罪悪感こそが罪かもしれません。

      あなたの人生はあなたのものです、そして、一度だけの人生です。

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