統合失調症の症状への対応、抗精神病薬の副作用、精神科医との信頼関係、患者との関係性……。患者を支える家族の悩みは深く長期間に及びます。このブログは、妻の医療保護入院による夫の感情体験を書籍化後、支える家族にとっての精神疾患について、感じること考えることをテーマに更新しています。
著書 統合失調症 愛と憎しみの向こう側
患者家族の感情的混乱について書き下ろした本です(パソコン、スマートフォンなどで読むことのできる電子書籍)ブログ〝知情意〟は、この本に描いた体験を土台に更新されています
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精神病院に咲いていたパンジー



統合失調症の患者家族が〝大切な人が精神疾患に罹患したこと〟について抱える問題によって、様々な感情体験を背負うであろうことは事実である。
孤立感と敗北感――通常、他者には打ち明けにくい精神疾患の属性や先行きに負の要素しか感じられぬことによる敗北感。患者の重症度に応じて家族の背負う感情疲労は強く重く長いものだ。
だがしかし、患者家族とは長い時間を費やしながらも自らの感情と問題に向き合い、時間を重ねながら絶望から希望へと感情を変容させていく。



ある日、妻の福祉的な手続きのため役所を訪れた時のことだった。
日差しには春を感じつつ、吹く風はまだツンと冷たい……そんな季節、2月。
福祉的な手続きを進めるということ、閉鎖病棟で過ごす妻の状態は見込みなく停滞しているということ。このふたつの事実に僕は完全に窮していた。
なんでもない事務手続きなのだが、役所の冷えたパイプ椅子に座りコツコツと必要項目を記入しているとなぜだかポツリ涙がこぼれてくる。
なにやってんだ?
そんなふうに自分をとがめながら一生懸命に書類の文字をにらむ。
そして前に座る職員には一切の口を閉ざし、首を縦か横に動かすだけで意思表示をする。
なぜなら、そこでなにかひとつでも言葉を発すれば堰を切ったように〝悲〟の感情があふれ出そうだったから……。

その日は面会の帰り道だった。
相変わらずの病状ではあったが目を離せばどこかに走り出すような派手さはない、いやそうではなく、強い鎮静作用によって症状を封じ込めているといったところか。
つまり、彼女の病状が内部的に改善されてきたわけではないことは主治医に説明してもらわなくとも理解できる……とそんな状態だった。

それでも目を離せば走り出すような状態でない分、短時間であれば保護者の付き添いを条件として閉鎖病棟から出ることは許されていた。
むろん、閉鎖病棟から出ると言ってもどこに行くわけでもなくせいぜい精神病院の敷地内をとぼとぼ散歩する程度には違いない。
薬の副作用だろうか、地面に吸い込まれていくような姿勢で歩く妻……。
強い希死念慮や衝動性がようやく静まっていたその頃、つないだ手から気持ちが伝わるように僕は心の中で〝生きろ〟と唱え続けていた。

ふと……
敷地内のベンチに腰掛けると、足下の土からはキンとした冷たさが持ち上がってくるような2月の昼下がり……。
きっと病職員が植え付けたのだろう、冷たい霜が少し暖かな日差しに溶かされつつ咲いているパンジー。
冷たい地面に吸い込まれそうにうつむく妻の視線を受け止めてくれるように、パンジ―のかわいらしさと辛抱強く春を待つ強さは土に映えていた。

役所を訪れたのは、そんな面会を終えた帰り道。
遠く離れた精神病院から中心地に来れば心なしか気温が上がったように感じていた。
精神病院の廊下は空調が行き届いていない分、とにかく寒いが役所内はどこにいてもそれなりに暖かい。
春が近い……そんなことをふと考えながら窓越しに外を眺めると、役所の裏にはさっき見たようなパンジーが同じように植えられていた。
やはり病院とこことでは気温差があるのだろう、こっちのパンジーに霜はかかっていない。それはともかく、館内の空調と窓から注ぐ日差しのおかげで冷え切った僕の体は芯からほっこりとした。
けれど心の中に居座り続ける一筋の冷たさと悲しみは窓から見上げる空に〝希望〟を見いだそうとはさせてくれない。
季節は動くのに僕と妻の時間は止まったまま、なにもかも動かない現実。
いっそ……凍てつく寒さに耐えれば必ず春を受け止めて咲くであろうパンジーを踏みつけてやろうか?とみじめな感情を抱いたことは嘘ではない。


この季節、冬の終わりと春の到来を感じさせてくれるような花、そして街路樹についた花芽を見るたびに僕は思い出す。
精神病院に咲いた花を見て、折れそうな姿勢で〝きれい〟とつぶやいてくれた妻の強さを――。



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2 件のコメント:

  1. 今日は、小生も閉鎖病棟へ二度程入っていた事があります。その時ではないのですが、実家に引き籠もっていた時、家と家の狭い繁みで、ふとヒナゲシを見ました。ありふれた花ですが、何か〈生命力〉を与えてもらったような気がします。

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    1. ヒナゲシはよく見かける花ですね。地味でありふれているものの、アスファルトの切れ目や裏庭の端っこで咲く姿は、可愛らしくもけなげでもありますね。

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