患者家族はいつも、病態の向こう側にある患者の個性を感じている。
それは愛する家族が病人である以上に人であるからだ。
主治医はいつも、個性の外側にある病態に対処することが仕事だ。
それは医者にとって患者は人であると共に病人であるからだ。
妻の入院中、僕は愚痴ともとれる独り言を呟いていた。
週に数度の面会で感じ取る妻の辛苦は病状によるものだけではなく、入院環境や合わない薬の多剤大量処方が原因ではないのかと強く危惧しながら、今の状態を継続すれば妻が壊れていくのではないかと考えていた僕。
入院生活は確かに大変だが、医療保護入院である以上それは旦那さんが希望されて入院させているのではないのか? 妻の性格や個性を考えてみたところで病棟内では他患者と良好なコミュニケーションを図りながら過ごしてもらうしかないとしたうえで、病棟内での問題行動等は全て病状によるものとして変薬と増薬を繰り返す主治医。
ひとつひとつの問題行動に妻の個性を関連付けて解釈しようとしてしまう僕には、病態にいちいち説明をつけようとしたところで意味はないのだと切り捨てる主治医の言葉を本気で受け入れることもできなかった。
もともと純粋で気弱な性格の妻が、病気とは言えども自分の意志で水洗することもできない便器とベッドしかない暗い隔離室の中で怯えながら過ごす時間は、鎮静を目的とした加療と言えたのだろうか?
その結果、さらに不安と恐怖が重なり問題行動が表面化するならば病状が悪くなっているとして増薬が行われる。
「今の薬をマックスまであげていますが、著明な効果がみられません」
定期的に聞かされる主治医からの説明には、たまらないはがゆさだけが残った。
統合失調症は、数値データや画像を用いて治療が進められていくわけではない。
ほとんど問診と観察だけで治療が進められていくわけだし、観察といっても多忙な主治医が病棟内での患者の日常を積極的に観察するわけでもなく、看護日誌に目を通す程度なのだろうと思っていた。なぜなら、何度か行われた主治医と家族のドクター面談の時はいつも看護日誌をパラパラとめくりながらでしか、妻の病棟での様子を説明しなかった主治医の素振りがとても印象的だったからだ。
それだけに、ど素人の僕には医師の行う薬の処方には確かな裏付けがあるのかという強大な不安が付きまとう。
数値や器具、画像により病気である箇所を指摘され、それに対する処置や薬の選定、今後の見通しを説明されれば家族も患者も医療に支えながら治療に励むことができると考えられても、この病気の薬物療法に関して一定の不安がつきまとうことは僕に限ったことではないはずだ。
あくまでも個別のケースではあるが、僕達の入院時の主治医は妻の性格や個性などと言った人間の奥底にあるようなものには関わらず、今、目に見える症状に対して薬をどう合わせていくのかという仕事振りだったと思う。
今、目に見える症状。
それは病棟での妻の言動の全てが対象となり、人ではなく病人として扱うことが前提である以上、例えば虚偽であったとしても隔離室で不安を押し殺しながら大人しく静かにしていればすぐにそこからでられるであろうし、科学的に病気である部分を検査するわけでもないのなら仮にこの僕が突然狂ったように大声を上げて騒動を起こせば病気と判断されて閉鎖病棟を体験することも可能かもしれない。
勿論、これはあり得ないこじつけだが……。
統合失調症の治療について、遺伝子の研究やMRIの解析による新しい解明が進んでいることをニュースで見かけることはできても、その目まぐるしい医学の進歩を身近に感じることはなく、末端の地域での医療に頼るしかない僕らにとって、言うなればそれはまだまだ雲の上の世界だ。
ただし慢性的に経過していくこの病気、たとえ十年後であったとしても科学的に裏付けされた治療を妻に受けさせてやりたいと思い、出来ることなら毎日の服薬から解放させてやることが僕の願いでもある。
統合失調症の症状への対応、抗精神病薬の副作用、精神科医との信頼関係、患者との関係性……。患者を支える家族の悩みは深く長期間に及びます。このブログは、妻の医療保護入院による夫の感情体験を書籍化後、支える家族にとっての精神疾患について、感じること考えることをテーマに更新しています。
著書 統合失調症 愛と憎しみの向こう側
患者家族の感情的混乱について書き下ろした本です(パソコン、スマートフォンなどで読むことのできる電子書籍)ブログ〝知情意〟は、この本に描いた体験を土台に更新されています
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はじまして。
返信削除私の妹も統合失調症で入院していました。妹は元看護師です。
隔離病棟から急性期病棟、療養型閉鎖病棟と転棟しました。面会時に妹から、「いつ退院できる?」と尋ねられても「Drと看護師の言うことを聞いてね。特に、看護師さんは日常生活をよく観察されているからね。自分もそうだったでしょう?」としか答える事しかできませんでした。
本人の意思だけでは退院できないのです。
幸い妹は退院できましたが、今は再入院しないように、家族が支えています。
完治することがないこの病気の特性を考えると、将来の事が不安でいっぱいです。
>「Drと看護師の言うことを聞いてね。特に、看護師さんは日常生活をよく観察されているからね。自分もそうだったでしょう?」としか答える事しかできませんでした。
削除その時の匿名さんの心情を察すれば、思わず胸が熱くなりました。
「パパ……あたし退院できるの?」
そう妻に聞かれて、「大丈夫!」と涙を押し殺した笑顔で答えた僕は、面会の帰り道、悔しくて悲しくて涙が溢れました。病棟に残した妻に、明日さえ教えてやれぬ自分を責めたのです。
将来への不安がいっぱいだということは正に本音なのでしょうが、それは愛情の裏返しとも思いますよ……
妹さんの状態が寛解に向かわれることを心よりお祈りいたします。