統合失調症患者が家族に向ける〝敵意〟

いろんな病気が存在し、そこに患者がいて家族が居る。
どんな病気と関わるにしても、医療者と患者の関係を起点に患者と家族、家族と医療者、それぞれの立場の者が疑う余地のない信頼関係でぐるりと繋がっていることは理想でもあり必須でもあることなのだろうと思う。
でもそこに、信頼関係どころか敵対心が介在したなら……

例えば、激しい急性症状に家族が対応不可となり医療保護入院した場合。
患者から浴びせられる言動そのものと、誰が此処へ放り込んだ？　と言わんばかりの敵対心に満ちた眼差し。
早く、いや……少しずつでも良いから元気な笑顔を見せるようになって欲しいと祈る術しかもたない家族の思いに対して真っ向からぶつかってくる患者の敵意。
違う！　君が大切で大切で……だから入院したんだ……
そんな家族の心の叫びは激しい陽性症状をみせる患者の前では意味を持たない。
患者家族は常々、仏心鬼手の信念を貫く覚悟があったとしても所詮は生身の人間であって、感じることと考えることのバランスを保ち続けられないのだ。
人は感情に支配される生き物だとはよく言ったもので、困窮極まった状態であればあるほど人の考えることは感じることに負けてしまいがちだと思う。
それは、統合失調症の患者家族の心が折れてしまう瞬間とも言い換えられるのではないだろうか？
その弱り切った家族の心に追い打ちをかけるような予後の不確かさ。
敵意……それも症状のひとつの表れだなんて、そんなこと百も承知しておきたいが、あいにく僕の心は人一倍不器用にできている。
こぼれ落ちる涙が何年か先に喜びに変わる時がくるなんて、どうやって信じられようか？

「――まだまだ陽性症状がとても活発な状態ですから……薬を調整しながら様子を見ていくしか……」
治療者である医師の説明は右から左へと通過し、頭の中では敵意の根源が医療保護入院への決断にあるのではないかと詮索する。
「辛いことでしょうが病気が言わせていることなんですよ……」
どんな時も優しく接してくれるPSWの常套句も及ばずに、患者の言動の全てに家族は深く傷つき、長い時間を経ても脳裏から過去を消し去ることは容易ではない。


ネット上で、統合失調症を発症した恋人との将来に悩んでいるという書き込みを見かけた。
そろそろ結婚を意識し始めていた矢先の発病だとか……。
その書き込みに対して、別れをアドバイスするコメントが大勢を占めている。
なかには病気の彼氏をこれからも支え続けて欲しいなんていうコメントもあるが、無責任なことを言うなと批難されている始末。
彼氏に暴力を振るわれた彼女に対して、早く彼の人生から退場した方がいい……若いあなたには自分の人生を大切にして欲しいと書き込まれたコメントには、説得力がなくもない。

人は誰もが幸せになる権利をもって生まれてくる。
その通りだと強く思う。
この僕も家族の精神病という問題に直面した頃、そんな感情に揺れ動かされていた内の一人ではある。
そんな時、ある人物から今でも胸に残る一言を投げかけられたことがあった。
それは、あなたは現世でとても大きな使命を背負って生まれてきたのだと言われたことだった。
使命？　その押し付けられたような言葉。
現世？　その信仰的とも感じられる言葉。
正直、自分にはアンマッチでもあり一瞬戸惑いもしたが、多分、僕の性格を知ったうえでの言葉だったのだろうか、なぜだかじわじわと僕の心に響いてきた一言だった。
人は幸せになる権利を持って生まれてくると同時に、運命を全うする努力と覚悟がなければ幸せになる権利は失われる。僕なりに、そう解釈してからは心底に強く存在する妻への愛情が病勢に負けてしまうことはなくなった。
そして、まるで少年に返ったかのように純真で損得勘定の無い、妻に対する本来の愛情に満ち満ちた僕は心の中で叫ぶ。
「負けるものか！……絶対に負けぬ」

そら、ギブアップしてみろと試すかのような病気の勢い。
しかし、それが愛情を試し切るほどの力はなく、愛情は病気に試し切られるほど軟なものでもない。
そして、何のために生きているのかと考えてしまう機会の増えてしまった今の時代に、使命感を背負って人生を過ごすことはまんざら窮屈な気もしない。